連載小説 いい加減 32 大和川人
狭間はそう言ってどこかへ消えてしまったんだ。ぷつりと音沙汰がなくなった。あの世に行ったのか、それとも北海道か沖縄で、電気工事の手伝いでもしいているか、浮浪者(今はホームレス)になってのんびり暮らしているのか。ともかく強かに生きているだろうと俺は思うことにした。 だから、もとより探すことなんてしなかった。
実際困ったことになる。大きなお荷物を担ぐほど、俺には甲斐性がない。 靖子はパートの仕事ぐらいでは二人の子供を育てるのは大変だ。どこか夜間に働くところがないか、探してくれと言う。しばらくは田舎の親に仕送りをしてもらうが、いつまでも頼ることができない、と。
そんなとき、馴染みの焼き鳥屋の主人が女性従業員を雇うかどうか迷っていることを思い出した。早速掛け合うと、ぜひ必要というほどではないが、忙しいときはとても困っていると言うので、強引に使ってやってくれと頼んだ。そしたら、「フーさんの彼女なら仕方ない」と言って雇ってくれたんだ。 「俺の女だから大事にしてな」そう言い置いたが、内心ほっとしたね。肩の荷が降りたのと、そうしておくと主人が詰まらない男が言い寄ってきても防波堤にでもなってくれるだろうと思ったからね。
それがどうだ。性に合っていたというのだろう、店に立つと客の受けが良くてね。たちまち看板娘ならぬ看板年増になり店の売り上げに大層な貢献をする有様だ。 だがねとフーさん、つまり藤田氏の話が続く。
「かれこれ二十年ぐらい前のことだよ。実に微妙で難しかった。狭間が出て行って直ぐに俺も口説けばよかったんだがね。できなかったんだ。何かしてからでないといかんと思ってね」 「それどういうことなんだ?」
「だから、それまで以上にせっせと焼き鳥屋に通うようになったんだ。彼女のことが気になるのとちょっとでも助けてやるつもりでね。そしたらね、数ヶ月経ってそこの主人が言い出したんだ。フーさん来てくれるのいいけど、あの子の彼というような態度出さんようにしてくれとね、親指突き出すんだよ、あの子だとさ。俺は素振りにもそんな態度出してなかったんだから…。おかしいと思ったよ」
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