第三回元気なオヤジの生き方塾「高野孟講演会」レポート

2008122日。大阪、天満橋のエル・おおさかに87名が結集。

当日は、冷たい雨に雪。大寒波の来襲。10名のキャンセルが出てしまったのは残念だったが、会場は、熱気に包まれて、大盛り上がり。大阪は、なんか儲かる話しでないと人は集まらんよ。」と、悲しい言葉が帰ってくる中で、まっすぐな思いは必ず伝わると、一人一人に声をかけ、迎えた当日。

蓋を開けてみれば、これからの人生や生き方を考える人々、そして、田舎を何とか活かしたいという心ある方々が、遠方からも集まり、瞳を輝かせながら、講師の高野孟さんの話しを熱心に聞き、メモを取り、質問の手を上げる。ああ、開催してよかった。

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「このような講演会は、大阪では組織力で動員かけても難しい。でも、懲りてもめげないこと。」と、励ましていただいたイベント業の先輩Tさんも駆けつけてくれ「久しぶりに楽しませてもらった。いい会だったね。」と。設立当初からの倶楽部メンバーMさんは、「元気なオヤジ倶楽部が、今日、ようやく離陸して、空に飛び立ったような気分だね。」と。

初参加のSさんからは「先生のお話はすべてが心に共鳴して、こういう生き方をしたいと 心底思いました。これを機会に私も微力ではありますが、元気なオヤジ倶楽部のために お役に立てさせていただくように努力をしようと決心しました。」と、うれしいメールも頂戴した。某一部上場企業の元会長さんだ。

アンケートにもたくさんのうれしい言葉、励ましの言葉が裏面にまで書き込まれ、今まだ、感激と興奮覚めやらぬ日々を送っている。

高野さんには、講演会、懇親会、本部事務局での三次会とお付き合いいただいた。参加者の一人一人に丁寧に向き合って話をされ、皆さん、口々に「高野さんって、ええ人やなあ〜」。高野さんが塾長をされている「鴨川自然王国」に、ぜひ、元気なオヤジ倶楽部で行こうという話しにも。ぜひ、勉強をかねて、行かせていただこう。また、楽しみが増えました。

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さて、当日の第三回元気なオヤジの生き方塾、「私の安房鴨川田舎暮らし」・・・団塊世代の<農的生活>が日本を変える・・・ 高野孟さんのご講演内容を少し、ご紹介しよう。ジャーナリストとして、「これでいいのか日本」と、日本の進むべきベクトルを提言し続ける、高野孟さん。現代を代表するジャーナリストの高野さんが、何故、今、田舎なのか、農業なのか・・・。sscn1027.JPGsscn1035.JPG

高野さんと田舎との出会いは13年前、50歳になったとき。学生運動でつながりのあった藤本敏夫さん(加藤登紀子さんの亡き旦那様)から、「10年後は還暦だぜ、人生の折り返し点、今から二毛作を始めよう」と誘われ「一休会」(昭和19年生まれのいち きゅう、元気な爺さん一休禅師にもちなんで)を設立。東京から一時間半で行ける、日本の原風景が残る里山で、仲間と一緒に農業を始めた。それが「鴨川自然王国」。http://www.k-sizenohkoku.com/index_top.html 

藤本さんが病のため亡くなり、現在は高野さんが塾長を務めておられる。年会費一口一万円のトラスト制度を導入し、都会人も土に触れる生活が出来る。里山帰農塾は、立松和平さんが、理事長をされているNPOふるさと回帰支援センターhttp://www.furusatokaiki.net/index-next.html   の受け皿にもなっているとのこと。支援センターでは、定年や早期退職後にさっさと田舎に帰れる仕組みや、帰るところがない人には、市町村と組んで情報を提供している。元気なオヤジ倶楽部でも、何かタイアップして運動を広めてゆくことができたらいなと思う。

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昨年の5月からは、鴨川に家を建て、定住生活に。奥様を説得するために、家は奥様の意見を大幅に取り入れたとの裏話も。(  日本の家の根本である土間の考えを活かし、火、風、水にこだわったご自宅を、映像で紹介していただいた。倶楽部本部事務局空間の茶室、茶人として生きること(日本のLOHAS)につながる思想であるとも感じられた。空間に陰陽五行が備わっていると、人は満たされるのかも。   

高野さんが東京を離れようと思われたのは、世界の災害危険度指数のダントツ第一位が東京であったこと。ちなみに大阪神戸は第四位。食の自給率も東京都はたったの1%。(大阪府は2% エッと絶句。)国全体では、4割程度。高度に発達した流通システムを便利と思ってきたが、ここに来て、構造のもろさが露呈している。 

一万年前に二足歩行をはじめたヒトの祖先。土を耕すことで人間になった。そのときから自然破壊は始まったのだが、蓄積された知恵や循環システムの維持で、少し前までは、里山は守られたてきた。 一万年の歴史の中で、この100年で見失ったものがたくさんある。その一つが、人間が土から引き離されたこと。自分の生活で土に触れる部分があれば、自給自足につながる。

 高野さんは、農業とは言わない。人間が生まれたころ、農は業ではなかった。業でない<農的生活>、そんな、生き方を提唱されている。 工業文明が行き着くところまできた現代、単なる環境保存ではなくて、日本人の生活を取り戻してゆくためにも、<農的生活>を考えてゆきたいと。

 高野さんの今の農的生活は、米、味噌はほぼ自給自足。庭や山には食べることができるものもいっぱいあるし、田舎の互いの顔が見える生活では食べ物をもらうこともしばしば。酒も自分で作った米を酒蔵で酒に仕込んでもらっているそうだ。さぞや、旨い酒になることだろう。(

ちょっと、おまけのレポート。高野さんは乗馬もされるところから、これから、馬を飼いたいそうだ。その理由が、洒落ている。酒を飲んで馬にのっても、飲酒運転で捕まるそうで、日本で一番初めに、馬の飲酒運転で捕まってみたいとの、オチャメなオヤジ発言でありました。(爆笑   無理のない田舎での生活のためには、半農半X(X=金になる仕事 定年後であれば年金などもあるので、団塊の世代には、やはり農的生活はおすすめ)という形を作り出すことをすすめたいというお話も。sscn1029.JPG

会場からの質問では「田舎暮らしがしたいが、どうしても奥さんの賛同が得られない」と。すかさず、高野さん「元気なオヤジ倶楽部の田舎旅などのプログラムに、ぜひ奥さんを誘って、田舎の良さを教えてあげるといいですね。」 はい、高野さん、元気なオヤジ倶楽部の側面サポートも、ありがとうございました。                                sscn1028.JPG ご講演の後には、倶楽部の会員さんの活動や近況報告の時間を少し取らせていただいた。 

橋本市で農業に取り組むkiyoさんは、農業を手伝ってくれる5人の仲間ができたと、うれしい報告。

早期退職して神戸スイートガーデンを開いたhahakabeさんは、兵庫支部づくりについての意気込みを語ってくれた。

倶楽部創立当初の会員であるryuhakuさんは、オヤジらしいセカンドライフビジネス=古本屋の開店の報告を。

そして、倶楽部のHPで連載小説を書いているokamocchanは、ご自身の著書「軽い男」の出版の報告。

akamuraさんからは、食のネットワーク「いもづるの会」と「丹後バリバリ応援隊」共催での、3月の丹後ツアーのお知らせ。都会から地方を応援に行く。そして、地方の方々はおもてなし隊を結成して迎えてくれる。楽しく有意義な旅になりそうだ。

バリバリ健康王国の王様でもあるyosiokaさんからは、倶楽部から生まれた社会起業「地域感動開発株式会社」の活動の一環として取り組む「オールド ボーイスカウト」の活動展開について、報告があった。

講演にも感動したが、倶楽部の会員さんのメッセージから、たくさんのヒントをいただいたと、アンケートに書いてくださった参加者も。 

恒例の抽選会は、今回はhahakabeさんの農場の取れたてのキャベツとブロッコリー、農園の作物を生かして奥様が開いておられるケーキ店のプチケーキセットを景品にさせていただき、20名様にプレゼント。 

さてさて、終了の時間。 高野さんのお話に、元気なオヤジ倶楽部も勇気凛々。ちょっと忘れ物をしてきてしまった団塊世代の生き方に、少し大人の知性と理性、自制を利かせて、青春(最近聞かなくなった言葉だが、青春のシンボルソングを歌っていた、青い三角定規も復活!)の頃の熱い思いを甦らせて、日本の社会や地球のためにも、ほんの少し、役立つことも探して行こうと、そんなことを皆で話し合った一日だった。   

 

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